Diary: 2001/8

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2001年8月分の日記の一覧です。

過去の日記を読む

2001年8月30日(木)

1:24:33

短めにニュースを2つ。

VMware Workstation3.0が発表になっています。久々のバージョンアップです。10月22日より出荷開始の予定だということです。

新機能としては、USB、DVD-ROM、CD-R/RWのサポートがあげられます。USBは接続できる機器の数を飛躍的に増やします。また、DVD-ROMのサポートで、Debianとかのインストールも簡単になりそうです。

そろそろ、Linuxをメインに、周辺機器はVMware上のWindowsで、というのが現実的になってきそうです。

2つめは、SunがSolaris用のXFree86のドライバと そのポーティングキットの提供を開始したことでしょう。従来、Intel版のSolarisは他のPC-UNIXに比べるとどうしてもHCLでサポートするビデオカードが少なかったのですが(特に最新機種)、これを提供することによって一般からのコントリビュートをあてにしているのでしょうか。

2001年8月29日(水)

0:13:11

母親が、濱田酒造の「隠し蔵」を買ってきました。うちには焼酎を飲む人はいないのですが、母親の目当ては別にありました。
今隠し蔵を買うと、もれなく河島英五さんの「旅的途上」のシングルCDがついてくるのです。

母は、河島さんが亡くなる以前から、よく歌を聴いていましたし、河島さんが司会されていたラジオもよく聴いていました。

もちろん、今年の4月16日に河島さんが亡くなられた時には、とてもショックを受けていました。そして、それからも熱心に河島さんのアルバムなどを集めていました。

今回の「旅的途上」のCDは非売品で、この隠し蔵を買わなければ手に入らないそうです。買ってくると、何度も聴き返し、ぼくにもすすめてくれました。

ぼくも、以前から河島さんの曲が好きだったので、早速聴いてみました。

あこがれ求め さまよう胸の
燃える想いを 伝えん
たどり着くやら 着けぬやら
人生 旅的途上(たびのとじょう)

たどり着くやら 着かぬやら
人生 旅的途上(たびのとじょう)

河島さんは、その生涯で、よりプリミティブなものへの憧憬を強く持っていた人でした。そういった点が、普段抽象的なものを扱っている身としては、すごいなと思わせる部分です。また、心に訴えかける数多くの曲で人々を励まし続けた偉大な人だと思います。

2001年8月28日(火)

0:15:38

お作法、オブジェクト指向、Webページ制作。この3つに、ある共通点を見つけました。

みなさん、何だろうと思われますか? ぼくが勝手に思いついたことなので、みなさんに納得していただける答えかどうかは分かりませんが。

ぼくが考えた正解は、どれも極めるのに「心」が必要だということです。

ぼくは、会社に入って初めて、ずっとコンピュータに触れられる環境を手に入れました。そこで、主にオブジェクト指向について熱心に勉強しています。今まで、大学で趣味として学んできたプログラミングの頂点のような気がしていたからです。

案の定、いろいろな用語やら、概念やら、UMLやら、パターンだとか、それはもう、技術の山のような印象を受けました。

でも、それらの技術の根幹をなす考え方として、自分が作ったソースやコンポーネントを次に使う人の立場に立った考え方があるのではないかと思い始めました。要は、自分ではない誰かが自分の作ったソースそのものやクラスを利用しようとする時の立場に立って、いかにその人たちに理解しやすく、使いやすいソースを、自分が我慢したり ちょっと頑張ったりして作るかということなのではないかと思います。例えば、オブジェクト指向の理想からすれば ちょっと外れたような行為でも、それが次に利用するためのことを十分に考えたものならば、それで良いということになるのではないかと思います。

Webページ制作もそうです。よくある、IEとNNでしか見られないページは、ビジターに対する心配りが足りない、ということになるのではないでしょうか。同様に、HTMLのDTDにきちんと適合したページでも、ビジターに対する配慮が足りなければ、それは理想的ではないと思います。

Webページを作るだけなのに、マークアップ言語を検討したり、画像を最適化したり、どんなブラウザーでも閲覧できるサイトを目指したりするのは、どれもビジターへの心配りであると言うことができると思います。つまり、良いページを作るには、HTMLのDTDに従うだけではなく、どれだけビジターに対する心配りを尽くすことだと思います。

お作法は、その最たる物です。お客さまをお迎えしたり、晴れの席に出席したときに、招いて下さった方への最前の心配りをするための規則の集まった物だと思います。これも、例えばお作法に多少背くような行為でも、こうした感謝や心配りがあれば、それで良いのではないかと思います。

コンピュータの技術を学ぼうとすると、あるところまでは技術の世界ですが、あるところから先は、技術ではなく心が試されると思うのです。つまり、あるところから先へ行って、さらに伸びようとすると、心の訓練が必要だと思うのです。

昔、高校の時にユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学の話を取り上げた数学の講師が、「真実は、神のみぞ知るんだ」と言ったのを思い出します。論理が支配する数学でどうして神が出てくるのかと思いましたが、今、ちょっと分かった気がしています。

2001年8月27日(月)

0:22:19

おとといの話になりますが、駅からタクシーで帰宅しました。

最近、夜が遅くなることが多いので、その都度タクシーで帰宅しています。タクシーの中では、何もなければ黙っています。ぼく自身が疲れていることもあって、勤めて運転手さんと何か話すことはしません。話したほうがいいことも、よく分かっているのですが。

しかし、運転手さんの方から話かけてくることもあります。その時には、ぼくは他の人にないくらい饒舌だと思います。

おとといは、運転手さんの方から話し掛けてもらえたパターンでした。最近、夜が遅くて終バスを逃すので、タクシーによくお世話になるという話をしました。

「それは、私たちにとっては、とても ありがたいですねぇ。」と運転手さんは答えました。それからしばらくして、「今年は、もう本当に、不景気で壮絶ですからねぇ。」といわれました。ぼくが、「そんなに大変なんですか?」と尋ねると、「ええ、今年はもう6人死にましたからね。」と答えられました。

何でもないことのように言われたので、しばらくは意味が分かりかねました。しかし、過労でもう6人亡くなったということに間違いはありませんでした。

「仕事で、今年に入ってから、そんなに亡くなられているんですか?」「はい、そうです。」
ぼくは、「す、すごい...」というのが精一杯でした。

毎年、コンスタントに6人は亡くなっているのだそうです。そのような状態なので、同僚が亡くなるということは、あまり驚くことではないのだそうです。

ぼくは、しばらく何も言えませんでした。

運転手さんの話によれば、不況で、いくら残業を続けても、家族が暮らしていくのに必要な経費すら稼ぐことができないケースが多いのだそうです。駅で一人で客待ちをしていると、もうダメなんじゃないかとか、死んだほうがいいんじゃないかとか、どうしても暗いほうに考えてしまうそうです。そう考えると、タクシー運転手の方は、主に一人で勤務しておられます。

そのような状態が続くと、自殺をしたり、ノイローゼになったりといったケースが増え、毎年死者が出るのだそうです。

運転手さんは続けます。「死ぬやつはねぇ、真面目なやつばかりですよ。昨日まで真面目に必死に働いていたと思ったら、翌朝出勤すると、自殺したらしい、と知らされるんですよ。ところがね、普段から、こいつは無茶やってるから、そのうち死ぬんじゃないか、というやつに限って死にませんねぇ。」

このとき、不謹慎ながら、Billy Joelの"Only the good die young" (若死にするのは善人だけ)を思い出しました。

「ところがねぇ、今年はまだ9月にもなっていないのに、既に6人死んでいるんですよ。あと、4ヶ月ですかね、どうなるのかと思うと、恐ろしいですよね。だからねぇ、お客さんも、仕事で無理はなさらないで下さいね。」

運転手さんの話は、壮絶な内容を、天気のことでも話すように さらりと、しかし慈愛を持って話していただきました。その思いと、家族のために必死で働きながら、無念にも自殺されたり、ノイローゼなどになってしまった人たちの無念の想い、悔しさ、運転席で考えていたであろうこと、残された家族の方々のことを思うと、涙がでてきました。

運転手さんの置かれている環境を思えば、ぼくなどは励ましていただいても、ずっとずっと恵まれているわけで、わざと過酷にすることはないにしろ、多少のことで弱音を吐いてはいけない、と強く思うようになりました。

2001年8月24日(金)

0:22:44

あるものの振る舞いを把握することと、そのものの本質を理解することは異なっている。
しかし、これらを混同してしまい、振る舞いを把握しただけなのに「理解した」と表現してしまうことが多いと思う。

振る舞いを把握するというのは、あるものを観察することである。初期の状態があって、その状態に観察対象の振る舞いが関与したことによって起きる結果としての状態を観察し、その対を蓄積することである。振る舞いの蓄積がある程度の量になると、ほとんどの場合に対処し、さらに状態を把握することで、事前にあるものの振る舞いを予測することもできるようになる。この場合、あるものを「理解した」と誤用して表現することが多いように思う。

これに対し、本質を理解するというのは困難である。本質を理解しようとすると、まず、あるものの背景に本質が潜んでいるということを認識する必要がある。本質を理解するということは、振る舞いを把握する作業とは異なり、作業を繰り返せば容易に成せることではない。それは、ある種の悟りであると思う。

しかし、本質を理解するために、繰り返しの作業は無益なものではない。多くの場合、本質に到達するためには、繰り返し作業が必要である。しかし、ただ単純に作業をこなすだけではなく、そこに思索が必要である。

ほとんどの場合、本質を理解するのは困難で、そこに到達するには多くの紆余曲折が必要だ。しかし、本質を理解する作業は、尊い作業であり、本質に到達した場合には、他では得られないものを得ることができる。そして、なるべく多くの事柄について、本質を理解するよう努力すべきであると思う。

現在のような世の中では、対象としなければならない「もの」が氾濫している。そのような時、振る舞いの把握のみで理解したとしていることが多いと思う。しかし、このような世の中であるからこそ、より一層本質を理解する作業に邁進したいと思う。

2001年8月21日(火)

0:38:29

明日の台風11号が心配ですね。

Internet Explorer 5.5 Service Pack 2 (日本語版)が出ているのですが、ニュースサイトでも あまり取り上げられていない上にマイクロソフトのトップページからもリンクされていないからか、認知度が低いようです。セキュリティ関連の修正が主ですので、該当する方はインストールされてはいかがでしょうか。

個人的には、J-PHONE東海が発表した、携帯メールからFAXが送れるSKYFAXは とてもいいサービスだと思います。こういうサービスが全国で気軽に利用できればいいのではないかと思います。

23:12:45

今日はビッグニュースが多いですね。

まず、この時間ではスクープと言えると思うのですが、ボーランド(株)がBorland(R) KylixTM Open Edition日本語版、およびBorland(R) DelphiTM6 Personal日本語版のダウンロードサービスを8月24日に開始すると発表しました。また、Kylixについては、「Kylix Desktop Developer」がほぼ半額の68,000円で購入できるキャンペーンの延期も併せて発表されました。

それから、Java2SE 1.3.1のソースコードが公開されたというのは世の中を揺るがす大ニュースだと思います。Linux、Solaris、Windows版のJavaVMばかりでなく、さまざまなAPIのソースコードも含まれています。ダウンロードサイズは28.4MB、展開してみると140MB、11,521個のファイルが出てきます。

ざっと眺めてみると、VMのソースなどは結構発見があります。以外に低レベルまでJava自身で書かれていることを発見しました。

Webページの方ではビルドの仕方も書いてあるので、時間のあるかたは挑戦されてはいかがでしょうか。えっ、ぼく? ...じ、時間があれば...。

2001年8月20日(月)

0:18:13

長いこと日記をさぼっていました。

小学生の夏休みの日記みたいですが、最後にまとめて夏休みの決算を。

8月の3日に旅行に行ったので、この連休には特に旅行に行きませんでした。祖父のお墓参りをして、花火を見に行って、あと友人とテニスをしたくらいです。後は、身の回りの整理や部屋の片づけに精を出していました。

それから、Libretto L2のWindows2000モデルを買いました。以前に買ったノートパソコンは、Pentium 133MHzのA4ノートなので、それから比べれば大躍進です。前のノートもまだ使えるのですが、これからはLibrettoでいろいろな活動をやっていきたいです。特に、このmotchie.comのコンテンツの充実を図りたいです。

2001年8月14日(火)

0:38:5

13日に、『達人プログラマー システム開発の職人から名匠への道』を買いました。まだ ちょっとしか読めていませんが、これは いい本だと思います。

ピアソンの本というと、大上段に構えて全身の力を振り絞って読むようなイメージが(少なくとも ぼくには)あったのですが、この本は そのようなところはなく、抽象的ではなく実践的です。というのは、この本の原題が"The Pragmatic Programmer"であり、"Pragmatic"の意味が「実践的」という意味であることからも伺えるでしょう。

この本は、ぼくが今悩んでいる、設計手法、開発手法、コーディング、文書化について、やさしく、実際的に、機知に富んだ文章で語ってくれているような感じがします。また、本当の意味でプロであるために、日頃から心がけておくべき事柄についても触れられています。

本当に達人といわれている人の「お勧め本リスト」には含まれていないことが多いのですが、ぼくは 読んでおくべき本だと思います。

0:39:9

『達人プログラマー システム開発の職人から名匠への道』の原書のWebサイトが、http://www.pragmaticprogrammer.com/ppbook/index.htmlにあります。

2001年8月13日(月)

0:20:28

眠いけどお勉強、お勉強。

アサヒビールの本生のCM「とある夫婦編」で、しあさっての次の日が「やのあさって」だと表現しているような部分があります。あさっての次の日なんて、今まで聞いたことがなかったので、ちょっと調べてみました。

三省堂の大辞林によると、東京の一部、関東甲信越・北海道などで、あさっての翌々日のことを「しあさって」と呼ぶ場合があるのだそうです。

で、肝心の「やのあさって」は、「やなあさって」ともいい、あさっての翌日、また東京の一部で さっての翌々日のことを言うのだそうです。しかし、この「やのあさって」は主に関東地方や東日本地域での呼び方のようです。別のところで調べると、「やのあさって」は「彌(弥)明後日」と書くそうです。

西日本では、あさっての翌々日のことを「ごあさって」と呼ぶそうです。どちらにしろ、あさっての翌日のことを表現する言葉は少ないようです。

2001年8月11日(土)

0:26:21

いまさら聞けないあなたに贈る〜Javaって何?


NullPointerExceptionの発生源を探す果てしない旅

プログラマ(27歳)

よく分からないけどお客が喜ぶ魔法の言葉

SE(35歳)

かつてOAKと呼ばれていたモノ

James Gosling

風呂釜洗いの洗剤

主婦(40歳)

2001年8月9日(木)

23:39:44

今日、家に帰る途中、電車の長いすに座っていたら、隣に座ってきたオッサンがポータブルテレビをつけて見だしました。音も出てます。21世紀だけど、世も末だと思いました。

2001年8月8日(水)

0:24:3

CM第2弾?

管理者リーダー
「IISをあげるには勇気がいるね」
NT管理者A
「その意味でぼくたちは勇敢だね」
2000管理者B
「かなり勇敢だね」
管理者リーダー
「でもこの辺を何とかしないとね」
2000管理者C

「もうておくれかもね」
管理者リーダー
「かといってCERN httpdには逃げたくないな」
みんな
「逃げたくないね!」
みんな
「カチャカチャッ」
ナレーション
「そんな管理者に、マイクロソフト Hotfixパッチ」

23:17:32

スラッシュドット ジャパンからの受け売りで恐縮ですが、2001年9月9日問題というのが存在するそうです。この投稿で主題になっているのは、Windows Meは2001年9月8日よりも後の構成を復元できないという問題です。お心あたりのある方は、マイクロソフトからパッチが提供されているので適用してみてはいかがでしょうか。

そのほかのコンピュータに問題が発生する可能性のある日付が、かつてのBiztechに掲載されていましたので、もう一度チェックしてみるのがいいと思います。

2001年8月6日(月)

23:40:0

ぼくは、このところシンガポールの1セント硬貨を財布に入れています。これは、去年の3月にシンガポールに行った時に余ったものを入れていたのです。この硬貨は1円玉よりずっと小さく、銅の色をしています。とっても小さいので、10円玉や100円玉を複数取り出す時に、一緒に出してしまうこともしばしばでした。

土曜日、旅行から帰る時に、うちの家の近くのバス停で降りる時のことです。もう20時近くで外は暗く、旅の疲れがピークの頃でした。バス代を支払うのに、母親があと200円足りないと言うので、ぼくが200円を払うことにしました。

そのとき、手元から、1セントが落ちていくのが見えました。落ちる瞬間しか見ていなかったので、その後どこに言ったのかを見ている暇はありませんでした。というのも、ぼくらは行列の先頭にいたので、バスの中では このバス停で降りる人が何人も列を作っていました。

人の流れをせき止めて、ライトでも点けてもらって1セントを探すこともできましたけれども、夜だったこと、疲れていたこと、後に何人も待っていることを考え、探しませんでした。父親が、何かが落ちるのを見たといって、探さなくてもいいのかと聞いてきましたけど、ぼくは諦めると言いました。

諦めると言ってみたものの、思い出の1セントであることには変わりなく、週末に何度となく思い出して公開していました。早く忘れなきゃと思っていました。

旅行に行ったとき、会社の同期や部署の人に食べてもらおうと、お菓子を買っていました。それを会社で配って、お菓子が入っていたビニール袋は、そのままサイドテーブルに置いていました。

もうそろそろ帰ろうかと言うとき、隣に座っている人が、袋から何か見つけました。1セント硬貨でした。「あ、これ、何?」と聞かれました。

それを見た瞬間、「おおーー!!」と叫んでしまいました。ぼくは、普段からオーバーアクションだと言われていますが、こういうケースでは許してもらえるのではないかと思います。

あの1セント硬貨です!! どうやら、ぼくはお菓子のビニール袋の取っ手に腕を通していたのですが、偶然にも その袋の中に1セント硬貨が入ったようでした。

こんな偶然があるものか、と思います。まず、見つけてくださった隣の席の方に感謝して、もう これからは持ち歩かずに家に置いておくことにし、帰りは慎重に持ち帰って、たった今引き出しにしまいました。

2001年8月5日(日)

23:50:49

昨日の夜、家に帰りました。今日1日、家で過ごす時間ができたわけですが、結局何もできませんでした。

motchie.comで公開しているWWW to finger Gatewayですが、最近まともに動いてません。ついでに言うなら、Searching Sophisticated Pagesもまともに動いていません。現象は把握していますが、ちょっと対策する時間がとれずにいます。今しばらくご辛抱下さい。

ところで、アクセスログを見ていると、WWW to finger GatewayでNTTドコモの携帯電話のメールアドレスを検索しようとしているケースが散見されました。結論を先に言うなら、このフォームで携帯電話のメールアドレスは検索できません。確かに、こうしたケースについてきちんと断っていない ぼくにも責任はありますが、このページを見てそうした使い方をするとは考えつきませんでした。UNIX系、またはUNIXクローンなOSを操作したことのある人なら、fingerというアプリケーションには なじみがあると思いますが、最近は そうした人も減ってきたのでしょうか。

2001年8月3日(金)

0:18:48

明日は休みを取って、1泊2日の旅行に出かけるので、明日の夜の日記は書けるかどうか怪しいです。

ところで、gooがリニューアルしたというので、さっそく使ってみました。検索結果の画面で目新しいところでは、リンク先画像と呼ばれるもので、検索結果のリンク先のサイトをブラウザで表示した画像を縮小して表示するものです。

これ、視覚系ブラウザであることは当然なのですが、一体どんなブラウザの画像なのでしょうね。URLを登録する画面には、リンク先画像に関する設定などは特にないので、どうやら特定のブラウザを使っているようですね。

ぼくが一番興味があるのが、これをどうやって自動生成しているのか、ということです。まさか人手でキャプチャしたりはしてないでしょうから、なんらかの方法でキャプチャ画像を大量に生成しているんでしょうね。無料のWeb公開サービスとかでよくある、ポップアップ広告とかは、どうやって排除しているんでしょう。...え? JavaScriptを無効にすればいい? いやいや、世の中、JavaScriptを無効にしたら何にも見えなくなるサイトって多いですよ。あ、それに、トップページがいきなりFlashとかも、どうしているんでしょうねぇ。謎は深まります。

21:17:55

わけあって、金曜、土曜の1泊2日で旅行に来ています。

それにしても この炎天下です、神社仏閣をみて回るのは かなり過酷です。

2001年8月2日(木)

0:32:11

今日、Googleのトップの絵が変わっているのに気づかれたでしょうか。山脈の背景に、国旗が立っています。この国旗はどこので、どうして絵が変わったのでしょうか?

正解は、そのトップの絵をクリックすれば分かります。クリックすると、"swiss national day"というキーワードの検索結果に飛びます。そう、8月1日は、スイスの建国記念日なのです。

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